第26番 歴劫山 慈眼院 和泉寺(わせんじ) -高野山真言宗-
  所在地:徳島県板野郡上板町泉谷字寺ノ下4 電話:088-694-2943
  御本尊:十一面観世音菩薩
  御詠歌:とくのりの みずはいずみの てらなれば
               くめるこころは きよく すむらん

お参りは当寺「和泉寺」へ、御朱印は四国八十八ヶ所6番「安楽寺」へ

当寺は天平年間の草創にして、本尊十一面観世音菩薩は行基菩薩の御作なりと伝えられています。弘法大師が四国御巡錫の節、当地の秀麗にして静寂なる浄域を大いに好まれ、何日も当地で真言の修法をなされたとのことであリます。

当寺には何代目かの住職に覚照という高僧があり、このお方の民話が伝えられています。ある日突然に、住職の覚照さんの姿が見えなくなったので、村中総出で何日も捜されたがわからない。七日目に境内の大きな松の枝の上に座している。 村人たちが声をかけると、「不思議なことです。実は尊いお方が現われて私は、そのお方に連れられ夢我夢中で、全国の名高い神社仏閣を廻って来た」というのです。

それから和尚の名声が上リ、観音さんの御利益も一層霊験が著しくなったのであります。

時代は大正時代にさかのぼります。 瀬部城の城主、瀬部喜右衛門には千尋(ちひろ)という可愛らしい一人の姫がありました。 この頃、長曽我部元親の大軍が阿波に攻め入り、瀬部城も攻略され、城主も戦死を逐げました。

 千尋姫は、喜右慚門の家来坂東正守が、わが子同様に可愛がり育てましたが、いつの頃からか姫の全身にたちの悪いできものができて、医者にみせ、薬をぬっても一向によくなリません。 そこで正守は、和泉寺へ願がけ参リを続けました。満願の日から不思議なことに、それから千尋姫のできものは紙をへぐように日一日とよくなリました。正守は信心する和泉寺の観音様の御利益だと深く感謝し、楽しい日々を過ごしたと伝えられています。

大正七年に当寺境内よリ平安時代の経筒が出土し、東京国立博物館へ寄贈。

附近の名所としては、四国八十八ヶ所第六番安楽寺と第七番十楽寺があります。春は松島千本桜があります。




■駐車場情報 大型バスは途中道路へ、他は境内へ

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